霧葵のブログ

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就活の意味がよく分からない

この記事では、俺が就活に対して感じた違和感というか受け入れ難さを書きたい。以前の記事(非公開設定済み)で、インターンに行ってきた感想書きたいなぁとか言ってたしな。俺がインターンに行ったのも実に2年前。時の流れは早いものだ。皮肉なことにもう「本選考」すら流れてしまった訳だが。(就活自体はエントリーすらしませんでした)

 

まず、俺が就活というか日本社会及びその評価軸に対して疑問を持ってる点は「人気企業」やら「就職ランキング」、そして就活生自体の志向の2点にまとめられるだろう。

では1点目から。企業を人気順にランキングしていくことはまあ分かる。というか、就職偏差値という概念も俺は賛同している。やはり、会社によって定員やら選考の厳しさやらで入社難易度は違うはずだし、それに序列をつけてランキング化するのは、真剣に就活を考える学生の参考にはなると思うからだ。

しかし、実際のところ、人によって興味ある商品や関わりたいサービスは違くないか?人によって志向が違うのに、〇〇ランキングだの誰が決めたか分からないランキングの順位に沿って誰か分からん奴が「〇〇に内定取れたの?凄いね」だとか「〇〇にしか受からなかったんだ‥‥」っていうのがよく分からない。しかもこの評価ってのが「社会人」なら当たり前にされる・するものなのがな。同じ業界内でも扱ってる商品が違うわけで、その商品に惹かれてランキングが下の会社にわざわざ入った奴はどうなる?(まあ実際そんな奴はほぼ存在しないのだが。これは2点目と被るが)

例えば、俺の場合は人生より大切なもの(百合漫画)があった。俺は、百合漫画に関われたらなんでも良かったから、印刷工場の清掃のバイトでもやりがいを感じられたと思うよ。俺の清掃が百合漫画の安定した出版に一役買ってると思えば仕事のやる気も出たと思うし。

だが、もし俺が本当にその選択肢を取り(俺は本当にこの人生でも良かったと思ってるよ、本心です)、周りからなされる評価は「あっ、こいつ社会の負け組だな」「こいつ何やってるんだろうな」といった冷たい目線だろう。

残念ながらほとんどの人間は年収と知名度でしか判断しないし、その人が選んだ「結論」すらも世間の尺度みたいな画一的な物差しで勝手に判断されてしまうからな。馬鹿馬鹿しいよ。

まあ、まとめるならば、その本人にとって色々な思案をして決めたであろう内定先を、よー分からんランキングに沿って画一的に判断して「社会的地位」として判を押すこと自体に気持ち悪さを覚えるって感じか。

 

次は2点目。ぶっちゃけ1点目は俺のこじつけでしかないと思う。就活の「競争」によって勝者敗者を決め、それによって社会的序列を付けるというのはある意味仕方のないことだからだ。大学受験もそうだったしな。俺が本当に問題にしたくて、一番文句が言いたいのはこっちなのだ。

就活生自体の志向と書いたが、それは単純に言うなら「金と知名度(一応あと残業と勤務地)でしか企業を判断せず、その仕事内容を全く見ていないその態度」ってことだ。

味の素という企業は、食品会社として国民の生活に近く関わり、一般的な知名度も高く、〇〇ランキングでも上位らしいな。それに、食品メーカーは福利厚生も良いらしい。サントリーカゴメ?明治?まぁなんだっていい。

で、問題は「味の素行きたい!」とか言ってる奴に聞きたいんだけど、お前大学3年になるまで調味料に興味無かったじゃん。

ただ、食品メーカーは福利厚生が厚いだのホワイトだのそんな前情報を聞いただけだろ?まあ、あとは知名度とかもあるのか?

こんな適当に決めた入社理由で、それでそこに入れたら人気の就職先だから社会とか自分が所属するコミュニティで評価されるってのがマジで意味分からん。

つまり「仕事内容」ではなく、その会社の知名度(ブランド)や年収、ブラックかホワイトか(まあこれは実際入社した後やっていけるかに密接に関わってくるからなんとも言えんが)しか見てない就活生が真剣に「仕事」について向き合ってると言えるのか?

話は少し変わるが、医学部入試では熱意を評価して貰いたい。金目当ての奴は入るな。とか主張してる奴らに、じゃあお前が大学に入って就活の段になったら、企業を年収や知名度で判断してエントリーするなよ!と言ってやりたい。

結局、世の中の全ての奴、金と知名度しか見てねーじゃねぇか。そっから弾き出されるランキングによって人を評価して何が楽しいんですかね。

実はこの辺の話は俺のインターンの話の前振りなところがあるんだ。俺は大学3年の6月になって、もちろん特に入りたい会社なんてなかった。まあ強いて言うなら百合漫画の編集になりたいとは思ったが、ガクチカ無しコミュ障ノンサー不細工の俺が大手出版社から内定が取れるかと言われたら絶対に無理だし、そもそも本気で百合漫画に関わりたいなら編集なんかではなく自分で描くべきなのである。就活なんかよりも同人作家になった方が最適解なのだ。

話が少し逸れたが、とにかく入りたい会社も特にない俺は、自分のかつての専門が募集要項に入っているような会社を「消極的」に選んだ。まあ、もちろん色んな会社があるさ。しかし、そこで俺が見るのはその会社の業務内容なんかじゃない。年収と休日日数、あと残業時間と勤務地、それだけだ。会社の仕事内容なんか何も意識したことない。自分にとって給料と休み、そして勤務地のバランスが最も取れている企業を選ぶだけの作業だ。

これ、ちゃんと「仕事」に向き合っているか?

まあ、当時の俺は自分が選べそうな中で労働条件がまともそうな会社を3社選び、2社受かったので、せっかくの夏休みをドブに捨て、1週間×2寝泊まりでインターンに行ってきた。社会不適合者の初の業務体験ってやつだ。

動機としてはインターン参加者限定の早期選考に参加出来るとか、本選考で優遇されるかもしれないといったものだったが、周りも就活を意識してる感じだったし、当時の俺は早く社会に出て「普通」になりたい気持ちだったから参加したな。

今となっては結局その2つの企業にエントリーすらしなかったから、完全に時間の無駄だったと思うが、まあ一般的な就職を諦める良いきっかけになったのは良かったかなと思う。

話が逸れまくったが、とにかく言いたいのは、ブログでこんなこと偉そうに書いてる俺でも、自分の就活の時は「仕事内容」だの「やりたいこと」だの一切考えずに、待遇でしか選んでなかったよってことだ。

でも俺その時思ったんだよ。あれ?これって全就活生、待遇でしか仕事を選んでないんじゃないか?って。自分が行けそうな範囲で一番待遇が良さげな会社を選ぶだけのゲーム。

大学受験は点数を取るだけのゲームだし、就職活動は自分が入れそうな会社の中で最も待遇が良さそうな会社群を受け、面接を受けるだけのゲーム。

そう考えたら全てが馬鹿馬鹿しくなって、じゃあ俺が一番待遇良くなるのは今から医学部入って医者になることだわってスッキリ考えられてまた受験することにした。これが俺の経緯でもある。

高校生・浪人生の時は良心があったから、俺みたいな奴が医者になるのは申し訳ないんじゃないかみたいなこと思ってたけど、昔の俺に言いたい。そんな事ないよ。この社会の人間はほとんどが仕事を待遇でしか見てないし、待遇より自分のやりたい事が選べる人間なんてほとんどいないんだよって。あの時は良心の呵責があったからな。

A社(平均年収800万、ホワイト、興味なし)とB社(平均年収400万、ブラック、興味あり)の2社に内定が決まった就活生が「俺は自分に自信がないし、A社のような環境で働くのは申し訳ないよ」とか言ってB社選ぶケースなんてあると思うか?

結局みんな、自分の能力・環境で出来そうな範囲の最高の待遇を目指して生きてるだけなんだよ。そう思ったら何故だか分からないが就活やら社会に出るのが馬鹿馬鹿しくなりました。

年収とか、誰か分からん奴からの知名度みたいな価値基準で勝手に評価されることが無性に嫌なんだよな。

 

ここまで、色々書いちゃったけど、冷静になって考えてみると、結局俺が就活を嫌う理由って、就活が苦手だからなんだろうな。

自分がコミュ障で内定が取れないの分かってるから、負ける前提のゲームがやりたくないだけなのでは?誰だって自分が苦手な競争は嫌いだもんな。

俺は就活というゲームで勝てなくて嫌だからいじけてるだけの下手くそなガキなだけなのかもしれない。いや、きっとそうなんだろう。

でも俺は負けると分かってる戦いはやりたくなかった。だから、就活を避け、最難関資格への挑戦の道を進んでいくよ。

 

(院に進んでたら今頃は就活を本気で考えなきゃいけない時期。つーか、本来なら院卒だとしても来年からは働かなきゃいけない年齢。そんなことを思い出し、書きました)

 

(追記)

この記事で結局自分が何を主張したいのか書いてる時は良く分からなかったけど、時間を空けたら少し整理出来た。

俺は、競争の結果「勝ち組」「負け組」に分かれてその結果マウント合戦をする行為そのものが好きじゃなかったんだな。受験しかり就活しかり。

でも、社会の評価基準はおかしいだのイキってる俺自身も、実際に進路を決める段になったらしっかりと自分の嫌ってるはずの社会の評価基準に合わせて選んで、そういう自分自身に苛ついてたんだな。

好きなものがあるなら、それを選べばいい。でもそれが出来ない自分自身に苛ついてたんだなと。